Lancia Stratos HF

1973年、WRC(世界ラリー選手権)で活躍したフルビアの後を受け、グループ4のホモロゲーション取得のために
開発されたラリーカー。ストラトスは、イタリア語で「成層圏」を意味する。開発コードは、ティーポ829。
1970年11月のトリノ・ショーで、ベルトーネ社製作によるミッドシップのプロトタイプ、ストラトス・ゼロが発表された。
ドアがなく、フロントウインドウがハッチバックのように開き、そこから乗り降りするという奇抜なもので、デザインを担当したのは、
当時のチーフデザイナーだったマルチェロ・ガンディーニ。これはベルトーネ社からランチアへの売り込みで、
クルマが展示されたのもランチアではなく、ベルトーネ社のブースだった。一方的なプレゼンテーションであり、フルビアの
シャシーを使ってはいたが、かなり前衛的なスタイルであり、ランチアの望むものではなかった。ランチアは、フルビアに代わってラリーで
勝てるクルマを欲していたのだ。だが、ラリーに有利なミッドシップであることと、ベルトーネの年間3万台という
生産能力は魅力的だった。そこで、1971年1月にランチアとベルトーネで、ストラトスの量産に関する話し合いが持たれ、
10ヵ月後の1971年10月のトリノ・ショーで新たなプロトタイプが公開された。ミッドシップという以外はすべて異なり、
ボディはアルミニウム製で、全幅も狭く、サスペンションの構造もゼロとはまったく違うモデルだった。その後、7台ないしは9台の
プロトタイプが製作され、ランチアのエースドライバーであるサンドロ・ムナーリの意見も取り入れて開発が行われた。
1973年には、ルーフとリヤのスポイラーなどはないが、かなり量産モデルに近いプロトタイプが発表された。
ランチアはこの最終プロトタイプで、1972年のツール・ド・コルスからWRCのプロトタイプクラスに参戦。
このラリーでの経験をもとに、さまざまな改良が行われ、ストラトスは1973年に市販がはじまった。

量産モデルのボディは、独立したモノコック構造のスチールフレームを基本に構成されている。スチールパネルの厚さは
1.0mm〜1.4mmで、高い剛性を出しやすいショートホイールベースということもあり、その強度は当時のF1マシンに
匹敵するほどだったという。そのため、ワークスのラリーカーも、大きな補強をすることなく、ほとんどそのままの状態だった。
このシャシーは、ランボルギーニ・カウンタックやBMW M1のフレームも製作した、イタリアのウンベルト・マルケージ社によるもの。
前後のカウルは軽量なFRP製に変更され、メンテナンス性を考慮して大きく開閉する。フロントはフックとピン、
リアはフックで固定されており、必要であれば取り外すことも可能。ラリーカーなどのコンペティションマシンでは、
量産モデルよりも薄いパネルが使用された。前後カウルに加え、ドアやトランクリッドも同じFRP製。
ストラトスは、1750mmの全幅に対して、全長はわずか3710mm。 しかも、回転性など、高い運動性能を実現するために、
ホイールベースはわずか2180mmしかない。これは、ミッドシップとしては異例の数値で、同じエンジンを同じレイアウトで搭載する
ディノの場合でも2340mm。軽のホンダビートですら、100mm長い2280mmとなっている。前後のオーバーハングも
可能な限り切り詰められている。その反面、トレッドはフロント1430mm、リア1460mmと、かなりワイドに設定されている。
これはショートホイールベース&ワイドトレッドという、ラリーカーには必須条件を具現化したものである。
フロントカウル内には、ラジエーターとスペアタイヤが収められている。ヘッドライトは、リトラクタブルの左右2灯式。
フロントウインドウはグラバーベル社製で、コックピットからの視界をできるだけ確保するために大きく湾曲し、Aピラーも細くなっている。
ワイパーは、プロトタイプでは2本だったが、量産モデルでは1本に変更されている。サイドウインドウは
初期はプレクシグラスだったが、途中から普通のガラスに変更されている。オーバーフェンダーは、オプションで設定されていた。
ルーフ後端とリアエンドには、最終プロトタイプにはなかったスポイラーが標準で備わる。最初のカタログにも
スポイラーを装着していない写真が使われており、初期の50台にも装着されていなかったが、
多くのクルマが後付けしている。前後重量配分の変化がないよう、燃料タンクはエンジンの両側に配置されており、
給油口はルーフスポイラーの付け根部分に左右2ヵ所ある。リアウインドウはエンジンルームの放熱性を考慮し、
ルーバーを採用。テールランプは、フィアット850のものを流用する。エキゾーストは左右2本出し。
ボディカラーは、レッド、イエロー、ライムグリーン、ライトブルー、ダークブルーの5色が用意されていた。

エンジンは開発の初期段階でフルビアの水冷V型4気筒を検討するが、ワークスカーでも160PS程度であり、
すでに性能的に限界に近かった。当時のランチアには新たにエンジンを開発する時間も資金もなく、ベータ用に開発中だった
2.0リットル水冷直列4気筒DOHCにほぼ決まりかけた。しかし、1971年に発表されたストラトスには、仮のエンジンとして
フェラーリ・ディノ206GTの水冷65度V型6気筒DOHCが搭載されていた(当時、ディノは206から246に進化していたが、
ベルトーネにあったのは206のエンジンだった)。それを見たランチアのチェザーレ・フィオリオが、フェラーリと
親会社のフィアットを口説き落とし、ディノ246GTの水冷65度V型6気筒DOHCエンジンを獲得することに成功した。
ディノのエンジンは元々F2用に開発されたものであり、高回転よりの特性を持つ。そこで、ストラトスでは
ラリー用に中低速を重視し、セッティングが見直された。さらに、ブロック本体、コンロッド、ピストンはディノと同じだが、
カムシャフト、クランクシャフト、ヘッドなどはストラトス専用パーツに変更。最高出力は5PS低くなり、発生回転数は200rpm低い、
190PS/7000rpm。最大トルクは0.1kgm太く、発生回転数は1500rpm低い、23.0kgm/4000rpmとなっている。
ミッションは5速MTだが、ギヤはかなりクローズドレシオに設定されており、発進加速はディノに勝る。
サスペンションは、プロトタイプでは前後ダブルウィッシュボーンが採用されていたが、さまざまなテストを重ねた結果、
量産モデルではリアはロアアームにラジアスアームを追加したマクファーソンストラットに変更されている。
ラリーカーとして開発されているため、量産モデルのサスペンションも調整することが可能。最低地上高は130〜165mmの間で
自由に調整でき、スタビライザーも前後それぞれ3段階にロール剛性を選択することができる。オプションとして、スプリングとダンパーが
数種類あり、使用状況に合わせてチョイスすることができたほか、スポーツオプションとして固定式のスタビライザーも用意されていた。
なお、サスペンションの基本セッティングは、アライメントがフロント/リアともキャンバー角1度、トーイン2mm。
フロントのキャスター角は4度となっている。スプリングは、フロントが自由度236.1mmでバネレートが5.6kg/mm、リアが自由度312mmで
バネレートが2.6kg/mm。ブレーキは、前後ともベンチレーテッド・ディスク。キャリパーはATE社製を採用しているが、
ドライバーが微妙にコントロールできるように、サーボアシストは装備されていない。ホイールはカンパニョーロ社のマグネシウム製で、
前後とも7.5J×14。カラーはゴールドのみとなっている。コンペティションモデルには、同じカンパニョーロ社の5本スポークタイプや、
スピードライン社製も使用されていた。タイヤは、ピレリ社のCN36かミシュラン社のWXWで、205/70VR14を履く。
空気圧はフロントが1.8、リアが2.2に指定されている。前後重量配分の変化がないよう、燃料タンクを
エンジンの両側に配置するなど、合理的かつシンプルなパッケージングにより、比類なきハンドリングを実現している。

豪華さが目的ではなく、ウインドウに反射しないようにスエードが多用されたインテリアは、すべてがドライバー優先に
レイアウトされ、スイッチ類もシンプルで操作性が追求されている。ボディはコンパクトだが、左右に余裕があり、
高さも180cmの人間がヘルメットをかぶっても支障ないように設計されている。というのも、当時のランチアのエース・ドライバーである
サンドロ・ムナーリの身長が180cmあり、開発当初から彼の意見を取り入れて作られているため。
ヘキサゴンボルトで取り付けられているアルミ削りだしのメーターパネルには、左から水温計、電流計、油圧計、燃料計、油温計、
8000rpmでレッドゾーンとなるタコメーター、250km/hまでのスピードメーターが配置される。このタコメーターとスピードメーターは、
ほかのものよりも大径になっている。ステアリングは、フェレロ社の4本スポークで直径は330mm。
ブレーキペダルとクラッチペダルは吊り上げ式だが、アクセルペダルはサイド出しとなる。シートはセンター部に
スエードが使われる独特のバケットタイプで、ドライバー側はフロントのホイールアーチを避けてややセンターよりに取り付けられている。
レザー部は、ボディカラーに合わせてライトブラウン、ブルー、ブラックの3色が用意されている。シートベルトは、ブリタックス社製が標準。
サイドウインドウは初期モデルはプレクシガラスだったが、途中からガラスに変更されている。ただし、後方を支点に、
前部が下がる構造になっているため、全開にすることはできない。ラリーカーとして開発されたため、ドアトリムのポケットは
ヘルメットを収納できるほど大型のものとなっている。インテリアは、ボディカラーに合わせて、レッド、ゴールド、
ブラウン、ライトブルーの4色が用意されている。なお、トランクの内側も、インテリアと同色となっている。最初からラリーカーとして
開発されていたため、ヒーター以外の快適装備は省かれており、ラジオ、灰皿はオプションでも設定されていない。
なお、量産モデルにもロールケージが装着されているが、バルクヘッドに沿って組み込まれているため、あまり目立たない。

生産は、イタリア・グルリアスコにあるベルトーネ社の工場で組み立てられた後、ランチアの工場で完成チェックと走行テストを行い、
デリバリーされた。工程はほとんど手作りで、ベルトコンベアなどの生産ラインはなかったという。1973年から1975年に、
492台が生産された。新車当時、日本には正規代理店はなかったが、並行輸入で約1000万円前後のプライスカードがつけられていた。

ストラトスがはじめてラリーに参戦したのは、1972年11月のツール・ド・コルス。まだ市販前のプロトタイプで、
スポンサーのマルボロ・カラーに塗られ、ドライバーはサンドロ・ムナーリ。結果は、サスペンションのトラブルでリタイヤだった。
続くコスタ・デル・ソルでも、同じサスペンション・トラブルでリタイヤしたが、1973年4月、スペインのファイアストーンで初優勝を飾る。
5月にシチリアで行われたタルガ・フローリオでは2位、5月のツール・ド・レズナは再び優勝を果たした。1974年10月1日、
正式にグループ4のホモロゲーションを取得し、市販モデルとしてWRCに参戦。第4戦の地元イタリア・サンレモで初優勝を遂げるなど、
わずか4戦に出場しただけで1974年のメイクス・タイトルを獲得してしまった。1975年、スポンサーがマルボロから
アリタリア航空に変更され、チームの体制も強化。その年と翌1976年も総合優勝を成し遂げ、3年連続という圧倒的な強さでWRCを席巻した。
しかし、1977年から親会社のフィアットが131ラリーでWRCに参戦することになったため、ワークスとしては1976年を最後にWRCから撤退。
ラリーカーとしてのポテンシャルは高く、その後はプライベートで参戦が続けられ、1981年のツール・ド・コルスが最後の優勝となった。


レースにも積極的に参戦しており、専用に数台が製作された。アリタリアカラーに塗られたグループ5(シルエットフォーミュラ)は
1977年に日本に輸入され、長い間、松田コレクションにあったが、現在は海外のコレクターが所有している。
エンジンは、クーグルフィッシャーのインジェクションとKKK製のターボをドッキング。潤滑系はドライサンプ、ヘッドも3バルブに変更され、
最高出力は320PSだが、耐久性を無視すれば560PSに達したという。ホイールは15インチのセンターロック式に変更、
ホイールベースは140m延長され、フロントもリアもかなりなロングボディにモディファイされていた。
1976年のジーロ・デ・イタリアで優勝、1976年のル・マン24時間耐久レースでクラス優勝を果たした。






リトラクタブルヘッドライト


7.5J×14マグネシウムホイール


シングルワイパー


これで全開のサイドウインドウ


ルーフスポイラー

リアスポイラー

オプションのオーバーフェンダー

フィアット850のテールランプ

■Specification
発表年 1971
生産年 1974〜1975
生産台数 492
シャシー 鋼板モノコックフレーム
全長×全幅×全高(mm) 3710×1750×1114
ホイールベース(mm) 2180
トレッド前後(mm) 1430/1460
車両総重量(kg) 980
エンジン 水冷65度V型6気筒DOHC
ボア×ストローク(mm) 92.5×60.0
総排気量(cc) 2418
燃料供給 ウェーバー40DCN F7×3
圧縮比 9.0
最高出力(PS/rpm) 190/7000
最大トルク(kgm/rpm) 23.0/4000
エンジン搭載位置 ミッドシップ横置き
駆動方式 後輪駆動
トランスミッション 5速MT
変速比 1速
      2速
      3速
      4速
      5速
最終減速比
3.554
2.459
1.781
1.320
0.986
3.824
最高速度(km/h) 230
ステアリング ラック&ピニオン
サスペンション ダブルウィッシュボーン(F)、マクファーソンストラット(R)
ブレーキ 前後ベンチレーテッド・ディスク
ホイール 7.5J×14(F)、7.5J×14(R)
タイヤ 205/70VR14(F)、205/70VR14(R)
乗員定員(名) 2

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